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症例に学ぶ】前頭葉髄膜腫の手術後に視力障害?見逃せない眼窩コンパートメント症候群のリスク

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【術中の皮弁牽引と失明リスク】眼窩コンパートメント症候群に要注意

はじめに

脳神経外科医の間では、「おでこの皮弁を強く引っ張りすぎると失明することがある」という話を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。これは単なる都市伝説ではなく、解剖学的・病態生理学的な裏付けのある重要な合併症の一つです。

今回は、「眼窩内の明らかな腫瘤や出血がないにもかかわらず、前頭葉髄膜腫の摘出術後に失明をきたした非常に稀な症例報告」について紹介しながら、そのリスクと予防について考察します。

症例の概要

2020年に発表された症例報告(Dunford & Miller)は、次のような内容です:

  • 患者:76歳男性。右前頭葉に6.0×3.1×6.3 cmの髄膜腫
  • 手術:pterional開頭術で腫瘍摘出。術中操作に眼窩周囲の侵襲なし。
  • 術後:右眼に視力消失、外眼筋麻痺、眼瞼下垂、眼球突出が出現
  • 画像所見:眼窩内に出血や腫瘍なし。ただし、外眼筋の浮腫と眼球突出あり
  • 血管評価:右上眼静脈(SOV)が描出されず、静脈うっ滞が示唆された
  • 診断:眼窩コンパートメント症候群(OCS)
  • 治療:カントトミーにより圧解除されたが、視力は光覚弁まで低下

なぜ眼窩コンパートメント症候群が起こるのか?

眼窩は限られたスペースで構成されており、内部圧が上昇すると視神経や網膜への血流が障害されます。
通常、眼窩内の静脈血は上眼静脈(SOV)→海綿静脈洞を経由して頭蓋内へ還流されますが、以下のような要因で流れが障害されると、眼球内圧が上昇→虚血→視神経障害というメカニズムが生じます。

OCSのリスク要因:

  • 術中の前額部皮弁の強い牽引
  • 海綿静脈洞の閉塞低形成
  • 眼静脈からの還流が顔面静脈系に依存している症例
  • 長時間の術中体位(頭低位など)
  • 術後の浮腫や静脈還流障害

この症例では、右SOVが描出されず、他の静脈系(angular vein, facial vein)が代償的に発達していました。そのため、前額皮弁の牽引や圧迫が代償経路を塞ぎ、急激な眼窩圧上昇につながった可能性が高いと考えられます。

術中にできる対策

✅ 術前評価

  • 静脈系の画像評価(MRV、CT venography)で海綿静脈洞や眼静脈の流れを確認
  • 代償的静脈還流(顔面静脈系など)に依存しているかどうかを事前に把握

✅ 術中操作

  • 前額部皮弁の過度な牽引を避ける
  • フックや皮膚縫縮などで眼球への外圧がかからないよう工夫
  • 頭低位・腹臥位での静脈還流障害に注意

✅ 術後モニタリング

  • 視力、対光反射、眼球運動のチェックを術後早期に行う
  • 異常があれば、迅速な眼科対応(カントトミー等)を検討

おわりに

今回紹介した症例は、眼球への直接的な操作がなくても、静脈還流の脆弱性と術中牽引操作の影響で視力障害が起こり得ることを示しています。

「皮弁の牽引くらいで失明なんて…」と思われがちな現象の裏には、見逃してはならない静脈還流の解剖学的背景が存在するのです。

特に、海綿静脈洞が機能していない症例では、代償路に対する配慮が極めて重要です。術者・助手ともにこの点を共有し、「牽引の力加減ひとつで視力を守れる」という意識を持つことが、患者のQOLに直結します。


ご質問やご意見があれば、コメント欄やSNSでぜひお寄せください。今後も実臨床に役立つ情報を発信していきます。

参考文献

  1. Dunford JM, Miller C. Orbital Compartment Syndrome without Evidence of Orbital Mass or Ocular Compression After Pterional Craniotomy for Removal of Meningioma of the Frontal Lobe: A Case Report and Literature Review. World Neurosurgery. 2020;139:588-591. doi:10.1016/j.wneu.2020.04.094

-脳神経外科

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