「手術の極意」から学ぶ:技と心が一つになる瞬間 — 佐野公俊先生の言葉を胸に
佐野公俊先生。
私にとっては、大学の大先輩であり、同じバレーボール部の部活の先輩でもあります。
そして何より、私が脳神経外科医として歩む中で、特に頭蓋底外科を専門とする今の自分にとって深く響く言葉を遺してくださった先生でもあります。
■ 手術の極意(佐野公俊 先生)
術前に悩むも 術中に迷うことなく
観にて六分 見にて四分に見極め
手自由にして 手道具にあることを忘れ 道具手にあることを知らず
心恒にして空 独坐大雄峯也
この一文には、手術の技術論・精神論が凝縮されています。
以下に、自分なりの解釈とともに噛み砕いてご紹介します。
■ 術前に悩むも 術中に迷うことなく
術前には徹底的に悩み、あらゆるリスクや戦略を想定します。
術前シミュレーションはその象徴的な工程であり、私も日々行っている重要な準備の一つです。
しかし、術中にその迷いを引きずっていては、判断が遅れ、結果的に患者さんに悪影響を及ぼしかねません。
始まったら迷うな。
これが外科医の覚悟です。
■ 観にて六分 見にて四分に見極め
「見」は目に見える情報、「観」は経験や直感、洞察力です。
手術中の判断の6割は“観”に基づくべきと、佐野先生は語ります。
たとえば、頭蓋底の解剖構造はしばしば複雑で、想定外の展開にもなり得ます。
だからこそ、解剖学だけでなく、経験と感覚が大きな力を発揮するのです。
■ 手自由にして…道具と一体になる
道具の存在を意識せず、自然に手と一体化して動かす。
これこそが、技術の極みであり、「身体が覚えている」状態です。
何度も佐野先生のクリッピング手術を見学させていただいた中で感じたのは、まさにこの域でした。
無駄な動きが一切ない。
手が勝手に動いているようにすら見える洗練された手技。
あの姿に、自分の目指すべき道を見た気がします。
■ 心恒にして空 独坐大雄峯也
手術中、心は常に平静でなければなりません。
焦りや恐れは判断を狂わせます。
精神を「空」にして、目の前の構造と向き合う。
それはまるで、一人静かに山頂に座して世界と向き合うような境地です。
孤独であるがゆえに強くなれる外科医の精神性を、最後の一文は表現しています。
■ 自分の手術観と重なる言葉
私は現在、頭蓋底外科を専門とし、より安全かつ的確な手術を目指して術前シミュレーションや内視鏡の活用などにも力を入れています。
その実践の中で、佐野先生のこの「極意」は、自分の軸として常に意識している言葉です。
術前に徹底して悩む。
術中には一切迷わない。
技術と道具を身体に溶け込ませ、心を平らに保つ。
そのような状態でこそ、患者さんにとって最良の手術が提供できると信じています。
■ 最後に
外科医としての成長において、技術だけでは不十分です。
それを支える「精神」と「姿勢」があってこそ、技術は生きます。
今後もこの言葉を胸に、日々の手術に向き合っていきたいと思います。